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合唱指揮者 谷 郁 オフィシャルウェブサイト

春こん。と思い出話。

今年審査員を務めた春のコーラスコンテスト「春こん。」の全日程が先日無事に終了いたしました。
例年であれば無事に終了するのが当たり前ですが、この状況下での開催ということで、主催者のご苦心とご苦労は想像して余りありますし、出演団体もそれぞれに悩みながらの参加だったのではないかと思います。
私にとっては、規模の大きい合唱イベントでの初めての審査員ということで、楽しみ8割:不安2割くらいの気持ちでいたのですが、出演者の熱い演奏に触れ、一緒に審査をさせていただく先生方に恵まれ、運営の皆さんの温かいお気遣いをいただき、もちろん音楽に点数を付けることの難しさは感じながらも最後まで楽しく審査をさせていただきました。

審査について具体的に語ることは出来ないので、出演された方は私たち審査員からの(点数という形を取った)メッセージを読み解いていただければと思いますが、最終日がジュニアと中学高校部門で、自分が合唱にのめり込んでいった頃のことをいろいろ思い出していたので、そんな思い出話を少し・・・

私は小学生の頃に合唱に興味を持つきっかけがあって、中学校では合唱をやりたいと思い合唱部に入りました。
中高一貫の女子校だったので、中1から高2までの5学年での女声合唱。
中高合わせても30人くらいの小さめのクラブで、指揮の先生もピアニストもいなかったので(音楽の先生が時々アドバイスを下さいましたが)、基本的に全部生徒がやっていました。
私は昔から目立ちたがりのやりたがりだったので、中3、高2とそれぞれ部長と指揮者に立候補してやらせてもらってましたが、小さい頃から音楽をやってきたわけでもない、もちろん指揮なんか振ったこともない、プロの上手い演奏を聴き漁るほど研究熱心でもない。
ただただ部活動が楽しくてしょうがないだけの子供だったなと思います。

学校の方針でコンクールなどの対外的な行事にはほとんど参加しなかったので、どこの学校が上手い、とかも知らず、歌うことも指揮を振ることも先輩の見様見真似でやるだけで、未熟という言葉も当てはまらないほどの井の中の蛙だったわけですが、そのおかげで人と比べたり、プロの演奏を真似したりすることもなく、どうやったら自分たちがもっと上手になれるか、ということを不器用に探し続けることができる時間だったのかな、とも思ったりします。

中学の3年間で部活動にのめり込んだ結果、もっと歌を上手にならねば部活に貢献できない!みたいな使命感で声楽を習い始め、始めてみたら楽しくて音大の声楽科に進み、その後紆余曲折あって指揮の道に戻っていったわけですが、もし中高時代の合唱部がコンクールに出まくるような強豪校で、指揮者の先生がいるような部活だったら、合唱大好きにはなってたかもしれないけど、指揮者にはなってなかったんじゃないかなと思ってます。

春こん。に参加していた子たちの中にも、大人になっても合唱を続ける子はたくさんいるのかな。
もしかしたら、あの中に将来指揮者になる子もいるのかもしれない。

そんなことを考えていた一日でした!

写真は、私が初めて指揮者としてステージに立った、中学三年生の時のもの!
さすがに緊張してますね(笑)

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